シニアITコンサルタントの局です。NCDCでは数々の新規事業立ち上げをご支援していますが、当然、その全てが当初の計画通りまっすぐ成功へと進むわけではありません。
本記事では、私自身の経験も踏まえて新規事業の「出口戦略」の重要性を解説します。
1. なぜ新規事業の出口戦略が必要なのか
新規事業には多くの興奮と期待がつきものですが、その結果、チームの意識は成功やユーザー数の増加といったポジティブな側面に集中しがちではないでしょうか。これは独立したスタートアップだけでなく、企業内で新しいサービスを立ち上げる際にもよく見られる光景です。
しかし、その熱意の中で、つい見落としてしまいがちなのが「最終的な到達点」、つまり出口戦略の計画です。多くのチームが(独立系であれ社内プロジェクトであれ)無意識のうちにその事業は「ずっと成長し続ける」「大きな成功を収める」といった単一のシナリオを前提として活動してしまうのです。
私自身、NCDCに参画する以前、大きな成功を目指してあるエンターテイメント系の新規サービスを開発していた経験がありました。しかし、いざローンチすると思うようにユーザーを獲得できず資金ショートに陥りました。そこで初めて出口戦略を考えましたが、遅きに失したと言わざるをえず、何千万円もかけて開発したアプリケーションを諦めることになりました。
出口戦略への誤解
このように出口戦略の重要性を見落としてしまう背景には、いくつかの誤解があるように思います。
一つは、「事業が成功するかどうかもわからない段階で、出口について考えるのはまだ早いし、優先順位も低い」という考え方です。新規事業の立ち上げ時は「まずはやってみよう」という精神が重視される一方で、その「終わり方」まで具体的に描かれていないケースも少なくありません。また「出口戦略」という言葉自体が、事業の失敗や身売りといった、少しネガティブなイメージと結びついていて、初期段階で話しにくいテーマと感じられることもあるかもしれません。
しかしながら、出口戦略を早い段階で計画することは、新規事業において非常に大切なことです。まず、「出口戦略」は失敗や売却だけを指すわけではありません。IPO(新規株式公開)やM&Aだけでなく、企業内での事業部化、カーブアウト(事業切り出し)やスピンオフ(独立)、戦略的な提携、ライセンスアウト、ピボット(事業転換)、そして計画的なサービス終了まで、さまざまな選択肢があります。この広い意味を理解すれば、早い段階での議論はタブーではなく、むしろ戦略的な検討として位置づけられるはずです。
出口戦略は次のステージへの備え
出口戦略を早期に定義することは、事業の最終的な目的と方向性を明確にする上で役立ちます。例えば、独立したスタートアップとして早期の買収を目指すのか、IPOを目指すのか。あるいは、企業内のプロジェクトとして、最終的に既存事業部への統合を目指すのか、独立した子会社(スピンオフ)として成長させるのか、それとも外部への売却(カーブアウト後のM&Aなど)を視野に入れるのか。これらの目的によって、プロダクトの計画、必要なリソース(資金、人材)、チームの作り方、どんな技術を選ぶかといったことにも自ずと影響が出てきます。
出口戦略の計画は、単に悲観的になるという後ろ向きな話ではありません。潜在的な価値を最大化し、リスクを管理するための、なくてはならない準備です。特に、投資家は、出資先が出口戦略についても考えていることを期待しています。また、企業内の新規事業であっても、投資判断においてその事業が将来的にどのような形で会社に貢献するのか(あるいは貢献しない場合にどうするのか)という出口の視点は重要になります。明確な出口計画は、戦略的な成熟度を示すことにもなります。
2. 日本における新規事業の現実
出口戦略を計画することの大切さを理解するために「新規事業の現実」を知っておくことも必要です。メディアでは成功事例が華々しく取り上げられがちですが、当然、その影には数多くの失敗事例が隠れています。
海外では創業5年で半数が廃業
中小企業庁の2017年版「中小企業白書」によると、日本企業の創業5年後の生存率(事業を継続している企業の比率)は約81.7%だそうです。この数字だけを見ると、起業後の成功率が高いように見えますが、そこには、日本では起業自体が少ないという背景があります。国内だけでなく国際比較のデータを見ると、日本は開業率も廃業率も他国より低いことがわかります。つまりリスクをとって挑戦するベンチャー企業が少ないために、生存率が高くなるのではないかという仮説が立てられます。
国内起業の5年後の生存率が約80%を超えている一方、世界の主な先進国に目を向けると、各国とも5年後の生存率は50%を下回ります。
日本においても、ベンチャー企業は国内平均より大きなリスクをとって起業していると考えられるため、スタートアップに限定すれば創業5年後の生存率は半数を切る。半数どころかもっと低い生存率であると考えるのが妥当でしょう。さらに「廃業していない=成功」ではないので「5年後成功している率」ははるかに低いはずです。つまり、事業計画を立てる際に、5年後には当初思い描いたような成功をしていないという想定を立てておくのは当然のことといえます。

後ろ盾のある企業内新規事業の難しさ
一方で、大企業内での新規事業に目を向けると、スタートアップとは異なる種類の難しさがあります。大企業という大きな組織の後ろ盾があるため、資金面での安心感があり、企業自体がなくなるリスクはかなり低いといえますが、その反面、以下のような課題に直面することがあるようです。
- 意思決定の遅さ: 社内稟議や関係部署との調整に時間がかかり、スタートアップのようなスピード感で事業を進めにくいことがあります。
- リソース確保の難しさ: 新規事業は不確実性が高いため、既存事業に比べて社内リソース(人材、予算)の獲得が難しい場合があります。特に、短期的な成果が見えにくいと、早期の利益化を求める経営層から理解を得られにくいこともあります。
- 社内政治と調整力: 既存事業部との対立や、保守的な意見を持つ層の説得など、事業そのもの以外の調整にエネルギーを割かれることがあります。外部の視点やプレッシャーがないと、社内の常識にとらわれてしまうこともあります。
- モチベーション維持の難しさ: 失敗しても会社に戻れるという安心感が、逆に高いモチベーションを維持する障壁になる可能性も指摘されています。また、約2年程度で目に見える成果が出ないと、組織全体の関心が薄れ、プロジェクトが停滞してしまうリスクもあります。
- 評価基準と既存事業とのギャップ: 成功した場合の担当者の処遇や、失敗した場合の基準が曖昧なまま進められることも少なくありません。加えて、大企業では既存事業の規模が非常に大きいため、新規事業が例えば年間1億円の売上を達成したとしても、「多大な時間とリソースを投入した結果がこれだけか」と見なされ、社内での評価が得られにくかったり、次のステージへの投資や本格展開の承認を得るハードルが高くなったりするケースがあります。出口戦略が不明確だと、新規事業を成功させること自体よりも、社内で評価される規模に到達すること自体が困難になったり、企画段階で承認されにくくなったりする可能性もあります。
出口戦略とはリスクへの備え
スタートアップや企業内新規事業が失敗に至ったり、出口戦略の発動を余儀なくされたりする一般的な要因としては、以下のような点がよく挙げられます。
- 必要な人材・ノウハウの不足
- 販路開拓の難しさ
- 資金調達の問題やコスト負担
- 事業計画や資金計画の甘さ
- 財務知識の不足
- 市場投入タイミングの問題
- 組織内の対立やモチベーションの低下(特に2年程度成果が出ない場合)
- (企業内特有)意思決定の遅延、リソース不足、社内調整の困難
これらの失敗要因は、しばしばピボット、サービス終了、あるいは不利な条件でのM&Aといった出口戦略のきっかけとなることが多いです。出口戦略を事前に計画しておくことは、こうした顕在化する可能性の高いリスクに対する具体的な対応策(例えば、つなぎ融資の確保、ピボット先の早期検討、売却交渉が有利に進められるうちからの潜在的な買収候補との関係構築、社内での支援体制構築など)を準備しておくことにも繋がります。
3. 新規事業の出口戦略の概要
前述の通り、「出口」とは、新規事業を次のステージに進めることであり、そのかたちはさまざまです。ここからは、独立したスタートアップと企業内新規事業の両方で考慮すべき、主な出口戦略を見ていきます。
主要な出口戦略の比較
M&A (Mergers & Acquisitions:合併と買収)
- 定義: 会社全体、または特定の資産(アプリケーションなど)を他の企業に売却することです。日本では株式譲渡がよく見られる形です。
- メリット: IPOと比べて実現までの期間が短い(数ヶ月~1年程度)、プロセスが比較的シンプル、IPOより成功の確実性が高い、買い手企業とのシナジー効果(リソース、市場アクセス、技術補完など)が期待できます。創業者や投資家にとって早期の現金化が可能です。近年、日本でも増える傾向にあり、アメリカのトレンドに近づいているようです。
- デメリット: 創業者は経営権を失うことが多いです。チームや企業文化への影響が大きい可能性があります。評価額が成功したIPOのピーク時より低くなる可能性があります。適切な買い手を見つけるのが難しいということもあります。
- 補足: 戦略的買収(事業シナジーを重視)と財務的買収(投資リターンを重視、PEファンドなど)の違いを理解しておくことが大切です。
IPO (Initial Public Offering:新規株式公開)
- 定義: これまで公開されていなかった株式を証券取引所に上場し、一般の投資家が売買できるようにすることです。
- メリット: 高い評価額を得る可能性がある、多額の資金調達が可能になる、企業の知名度や信用力が向上する、創業者は(株は薄まりますが)経営権を維持できる可能性がある、初期の投資家や従業員に株式を現金化する機会を提供できます。
- デメリット: 非常に長く(3~5年)、複雑で、費用のかかるプロセスや、成功率が低く(1~2割程度と言われています)、厳しい審査基準と規制に加え、上場後は株主からの短期的な業績プレッシャーにさらされることになり、経営の自由度が低下します。
ピボット (Pivot)
- 定義: 中核となるビジョンは保ちつつ、戦略の重要な要素(ターゲット顧客、解決すべき課題、ソリューション/技術、成長モデルなど)を大きく変えることです。
- 性質: 伝統的な意味での「出口」ではありませんが、現在の事業モデルや戦略からの「出口」と言えます。生き残りやプロダクトマーケットフィットを達成するためにしばしば必要になる戦略的な方向転換であり、その後のM&AやIPO(あるいは社内での再評価)につながる可能性もあります。
- 事例: Slack、Instagram、ミクシィなど
- 重要性: ピボットを単なる失敗への対応策ではなく、戦略的な選択肢として捉えることが大切です。成功したピボットは、企業の適応能力を示すものと言えます。多くの有名なテクノロジー企業がピボットを経て成功を収めています。これを積極的に検討することで、行き詰まりに直面したチームは、失敗と見なすのではなく、将来の成功に向けた内部的な戦略転換として捉えることができます。
アクイハイヤー (Acqui-hire)
- 定義: 主に製品や収益ではなく、チームや人材の価値を目的にした買収のことです。製品自体は終了されてしまうこともあります。
- シナリオ: 製品が市場で十分な支持を得られなかったものの、チームの技術力や専門性が高く評価される場合に起こることがあります。スタートアップだけでなく、企業内の優秀なチームが対象となる可能性もあります。
サービス終了 / 計画的撤退 (Shutdown / Planned Wind-down)
- 定義: 計画的にサービスを終えることです。
- 考慮事項: 戦略的に計画された場合(例:リソースの再集中、古いアプリのサポート終了、企業戦略との不整合)、必ずしもネガティブなことばかりではありません。ユーザーデータの取り扱い、顧客へのコミュニケーション、従業員の移行、法的な義務などを丁寧に進める必要があります。企業内事業の場合、失敗基準を明確にしておくことが重要です。それがないと、経営陣が交代となった際に突然の終了が告げられるなどの撤退になってしまうことがあります。
社内事業部化 / 既存事業への統合(企業内新規事業の場合)
- 定義: 新規事業が成功し、既存の事業部門の一部として組み込まれる形です。
- メリット: 既存事業のリソース(販売網、顧客基盤、ブランド力など)を活用しやすく、安定した成長が見込めます。社内での評価も得やすいです。
- デメリット: 新規事業としての独立性やスピード感が失われる可能性があります。既存事業部の論理に埋没してしまうリスクもあります。
カーブアウト(企業内新規事業の場合)
- 定義: 企業内の一部事業や子会社を切り出し、独立した会社とすることです。
- メリット: 経営の自由度が高まり、迅速な意思決定が可能になります。外部からの資金調達(VC:Venture Capitalなど)がしやすくなることもあります。事業の専門性が高まり、市場での評価が明確になります。
- デメリット: 親会社からの経営資源(資金、人材、ブランド、バックオフィス機能など)の提供がなくなる、あるいは有料になる可能性があります。独立後の事業運営ノウハウが必要になります。許認可の再取得が必要になる場合もあります。
- 補足: カーブアウト後に、IPOやM&Aを目指すケースも多くあります。
EBO (Employee Buy Out: 従業員による買収)(企業内新規事業の場合)
- 定義: 子会社や事業部門の従業員が、親会社やファンドなどから資金を調達して、その事業を買い取ることです。
- メリット: 事業を熟知した従業員が経営を担うため、事業の継続性が保たれやすいです。また、従業員のモチベーション向上や一体感の醸成に繋がります。
- デメリット: 従業員に十分な資金調達力が必要となります。親会社との関係性が変化します。従業員間で意見の対立が生じる可能性もあります。
主要な出口戦略を紹介してきましたが、ここに挙げた物が全てではありません。また、前述の出口戦略を複数組み合わせるハイブリッドアプローチもあります。例えば、まずM&Aによって大企業の傘下に入り、そのリソースを活用して事業価値を高めた後、将来的には再度IPOを目指すといった戦略も考えられるでしょう。企業内事業であれば、カーブアウト後にIPOやM&Aを目指す、といった形が考えられます。これは、一つの出口が必ずしも最終地点ではないことを示しており、戦略に深みを与えてくれます。
4. 日本における出口戦略の実例
これまでに述べた概念をより具体的に理解するために、日本市場における実際の出口戦略の事例を見ていきます。スタートアップと企業内新規事業、両方の観点から紹介します。
M&Aの事例
日本のスタートアップM&A市場は活性化しており、近年はさまざまな事例があります。以下にいくつかの類型と具体例をご紹介します。
大企業によるスタートアップ買収
- KDDIによるソラコム買収: IoTプラットフォームの有力スタートアップを大手通信キャリアが買収した大型案件。KDDIはソラコムの技術力と顧客基盤を獲得し、IoT分野での事業拡大を図った事例です。
- ヤフーによるdely買収: 急成長していたレシピ動画アプリ「クラシル」運営企業を大手IT企業が買収。ヤフーはメディア事業の強化と若年層ユーザーへのリーチ拡大を狙ったケースです。
- DMMによるBANK買収: アイテムを即キャッシュ化するアプリ「CASH」運営企業をDMMが買収。スタートアップの革新的なサービスと大企業の資本力が結びついた例です。しかし、その後5億円でMBOをしたというニュースもありました。
- LINEによるFIVE買収: 動画広告配信プラットフォームのスタートアップをLINEが資本業務提携。相互の広告プラットフォーム強化を図りました。
スタートアップによるスタートアップ買収
- BitStarによるメゾワン買収: YouTuber支援などを手掛けるBitStarが、ライブ配信者マネジメント事業を行うメゾワンを買収。ライブ配信事業への本格参入とコンテンツ拡充を目的とした買収でした。
- リーディングマークによるキャリアベースおよびネクスベル買収: HR Techスタートアップが、性格分析ツールや就職支援プログラム運営のスタートアップを相次いで買収。人材マッチング領域でのサービス強化と事業拡大を図った事例です。
PEファンドによるバイアウト
- カーライルによるユーザベース買収: 米国大手PEファンドが経済情報プラットフォーム運営企業を買収。非公開化による経営改革と更なる成長を目指す動きとして注目を集めました。同様にHRBrainやカオナビなどもPEファンドによる買収事例があります。
これらの事例は、日本においてもテクノロジー分野を中心にM&Aが活発に行われており、スタートアップにとって現実的かつ有力な出口戦略であることを示しています。買収の背景には、市場アクセス、技術獲得、人材獲得、そして何よりもシナジー効果への期待が見られます。
カーブアウト / スピンオフ事例
企業内で生まれた事業が、独立した会社として新たなスタートを切る事例も増えています。特にアプリケーションやソフトウェアに関連する日本の事例を中心に見ていきましょう。
ガイアックス発のカーブアウト
- AppBank株式会社: ガイアックスから最初にカーブアウトした企業の一つで、スマートフォンアプリのレビューや紹介を行うメディア事業を展開。人気YouTuber「マックスむらい」も輩出しました。
- アディッシュ株式会社: カスタマーサポート代行、ネットいじめ対策コンサルティングなど、Webサービスやアプリに関連する多角的な事業を展開し、2020年にマザーズ上場を果たしました。
- 株式会社TRUSTDOCK: API連携型の本人確認サービスを提供。改正犯罪収益移転防止法など各種法規制に対応したデジタルアイデンティティの基盤を提供しています。
NEC発のカーブアウト
- dotData, Inc.: NECで研究開発されたAI技術(機械学習モデル構築プロセス自動化)をコアとしてカーブアウト。データサイエンスプロセスを自動化するソフトウェアを提供しています。
ANA発のカーブアウト
- avatarin株式会社: 人の意識や存在感を伝送し、遠隔地からロボットなどを操作してリアル空間で活動できるプラットフォーム「avatarin」を開発・提供。新たなコミュニケーションや体験を提供するアプリケーション基盤です。
その他企業発のカーブアウト
- IDOM発: カーリースサービス「ノレル(NOREL)」や個人間カーシェアアプリ「Go2Go」など、自動車関連のアプリケーションサービスを運営する事業が独立。
- クローバーラボ発: ブランド腕時計の月額レンタルサービスアプリ「KARITOKE(カリトケ)」やメンズファッションレンタルサービスアプリ「leeap」を運営する「ななし株式会社」がスピンオフ。
- メディアドゥ発: 音声自動文字起こしサービス・アプリ「スマート書記」などを開発・運営する企業が独立。
- NTTドコモ発: ダンボール工作とプログラミングを組み合わせた教育サービス・アプリ「embot(エムボット)」を企画・開発する企業が独立。
- ネットマーケティング発 / イグニス発: マッチングアプリ「Omiai」(ネットマーケティングからスピンオフ)や「with」(イグニスからスピンオフ)は、PEファンドの支援を受けて独立し、成長を目指しています。
これらの事例は、企業内で生まれたアプリケーションや関連技術が、カーブアウトやスピンオフを通じて独立し、より迅速な意思決定や外部リソースの活用によって成長を加速させていることを示しています。
国内のピボット成功事例
市場の変化や初期戦略の行き詰まりに対応し、大胆な方向転換によって成功を収めた例もあります。ここでは、日本のアプリケーション開発におけるピボット事例を見ていきましょう。
- ミクシィ: かつて国内SNSの代表格でしたが、FacebookやTwitterなど海外SNSの台頭により苦境に立たされました。そこで、SNS事業からスマートフォンゲーム市場へと大胆にピボット。「モンスターストライク」を開発・リリースし、これが社会現象とも言える大ヒットとなり、V字回復を遂げました。現在ではゲーム事業が同社の主力となっています。これは日本のアプリ業界におけるピボットの最も有名な成功事例の一つと言えるでしょう。
- NearMe: タクシーの相乗りマッチングアプリとしてスタートしましたが、当初は苦戦。その後、空港送迎という特定のシーンに特化したドアツードアのシャトルサービスへとピボットし、ユーザーを獲得していきました。創業者は「ピボットを恐れないでほしい」と語っており、初期のアイデアに固執せず、市場の反応を見ながら柔軟に方向転換することの重要性を示唆しています。
- フォトシンス: スマートロック「Akerun」を提供する同社も、初期のアイデアからピボットを経て現在の形に至っています。ピボット後に短期間で実績を示し、VCからの資金調達に成功したことが、その後の売上増につながったとされています。ハードウェアと連携するIoTアプリケーション領域でのピボット事例です。
- PIVOT: ビジネス映像メディア「PIVOT」は、当初ウェブとアプリでの配信を行っていましたが、ユーザー獲得のためにYouTubeでの動画フルオープンへと戦略を変更。これが奏功し、チャンネル登録者数を大きく伸ばしました。その後、2024年にはアプリとWebを本格始動させています。メディアアプリの配信戦略におけるピボット事例と言えます。
海外の著名なアプリ関連ピボット事例
主に、日本市場における出口戦略の事例を紹介してきましたが、参考までに海外の著名なアプリ関連ピボット事例もご紹介します。
- Instagram: 元々は位置情報共有機能が中心の多機能アプリ「Burbn」でしたが、ユーザーが写真共有機能を特に好んで使っていることに気づき、写真共有に特化したシンプルなアプリへとピボット。これが大成功し、後にFacebookに買収されました。
- Slack: 元々はオンラインゲーム開発会社でしたが、ゲーム開発自体は成功しませんでした。しかし、開発チームが内部コミュニケーションのために開発していたチャットツールが非常に便利だったため、これを製品化する方向にピボット。ビジネスチャットツールとして急成長を遂げました。
これらの事例は、ピボットが危機を乗り越え、新たな成長軌道を描くための強力な戦略となり得ることを示しています。特に変化の速いアプリケーション市場においては、市場の反応を見ながら柔軟に戦略を転換する能力が重要と言えます。
5. 結論:出口戦略をロードマップに組み込む
新規事業には、スタートアップであれ、企業内の新規事業であれ、高いリスク(セクション2で見た低い生存率や特有の課題)と、さまざまな結末(セクション3で概観した多様な出口戦略)が伴うものです。これまで見てきたように、出口戦略の計画は、選択肢の一つでも、後回しにできるものでもありません。事業戦略の初期段階から「なくてはならない要素」として組み込んでいくべきものです。結末を意識することが、ロードマップを作っていくと言えます。
出口戦略を考えることは、単に失敗に備えるというだけではありません。価値を最大化し、創業者や担当者の目標を達成し(企業内であれば会社の戦略目標達成にも貢献)、責任ある移行を確実にし、そしてダイナミックなエコシステムに貢献するための計画となります。
新規事業に関わるすべての人々に、ぜひ考えていただきたいのは、以下の行動です。
- 共同創業者、チーム、アドバイザー、そして(企業内であれば)上司や関係部署と、潜在的な出口シナリオについて早期から、そして頻繁に議論していくこと。
- 異なる出口目標が、現在の意思決定(資金調達、採用、技術スタック、市場フォーカス、社内リソース配分など)にどのように影響するかを検討していくこと。
- 潜在的な出口経路に関連する情報収集と関係構築を進めていくこと(例:M&A市場の動向把握、IPO要件の理解、カーブアウトの事例研究、社内キーパーソンとの連携)。
- 出口戦略の計画を、市場環境や会社の進捗に応じて適応可能な、継続的な戦略的活動として捉えていくこと。
成功する事業を構築することには、最終的な出口を計画することも含まれていることを、ぜひご検討いただければと思います。
NCDCでは新規事業の立ち上げサポートからPoC、アプリケーションの開発、継続的な改善まで一元的にサポートをしております。新規事業を検討する際には一度ご相談いただけますと幸いです。