合理的配慮と見え方の違いに基づくUI設計の視点(改正障害者差別解消法について)

公開 : 2025.04.06  最終更新 : 2025.04.08
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2024年4月、改正障害者差別解消法が施行されました。
この改正により、行政機関だけでなく民間企業にも「合理的配慮の提供」が義務付けられています。
※本稿では、「障害者差別解消法」などの法令名称に準じ、「障害者」という表記を用いています。

合理的配慮とは、障害のある人が他の人と同じように社会参加できるよう、その人の状況に応じて適切な対応や環境の調整を行うことを指します。
従来は努力義務とされていた対応が、企業にも法的な責任として求められるようになったという点で、大きな転換点と言えるでしょう。

改正障害者差別解消法とは?

改正障害者差別解消法とは、簡単にいえば、障害のある人への差別をなくし、共に暮らせる社会を目指すための法律です。もともとは2016年に施行されましたが、より実効性を高めるために2021年に改正され、2024年4月から改正法が施行されました。

主なポイント(改正内容)

  • 合理的配慮の提供が「義務化」されました(民間事業者も対象):障害のある人が困っているときに、できる範囲で対応(配慮)することがすべての事業者の「義務」になりました。
  • 差別の禁止:障害を理由に、サービスの提供を拒否したり、不利益な扱いしたりすることは禁止されています。
  • 相談体制や、事業者向けのガイドラインの整備:国や自治体が相談窓口を整えたり、事業者向けの具体的な対応方法を示したりすることで、より実効性を高めています。

合理的配慮の義務化に基準や罰則があるのか?

事業者による「合理的配慮」の提供が義務化されましたが、現時点で、すべての事業者に適用される統一的なアクセシビリティ基準は法律上明確に定められていません。「法改正により、民間事業者もすべて一定の基準に対応しなれければならなくなる」との誤った情報を見ることがありますが、惑わされないように気をつけましょう。
しかし、各省庁が所管する事業分野において、具体的な対応指針やガイドラインを策定しています。例えば、デジタル庁はウェブアクセシビリティに関する「ウェブアクセシビリティ導入ガイドブック」を公開しています。事業者はこれらの指針を参考にしながら、障害者への合理的配慮を検討・実施することが求められます。

罰則についても、民間事業者などによる違反があった場合に、直ちに罰則が課されることはありません。ただし、同一の民間事業者によって繰り返し違反があり、自主的な改善が期待できない場合などには、行政からの助言や指導、勧告が行われます。また、行政からの報告要求を拒否したり、虚偽の報告を行った場合は20万円以下の過料が科される可能性があります。また、違反が公表されることで、企業の社会的評価に影響を及ぼす可能性も考えられます。

障害者差別解消法の詳しい改正内容については内閣府の「障害者の差別解消に向けた理解促進ポータルサイト」にまとめられていますので、詳細は公式情報をご確認ください。

システムのUI等デジタル環境への影響

改正障害者差別解消法により求められる「合理的配慮」は、「車いすの人のために段差にスロープを設ける」「聴覚障害のある人に筆談で対応する備えをしておく」といった現実世界だけに限ったものではありません。
ITシステムのような「日々使われるデジタルな環境」においても考慮していく必要があります。

一見すると気づきにくい“見えにくさ”や“わかりづらさ”が、誰かにとってのハードルになっている。
そうした視点からシステムのユーザーインターフェース(UI)を見直すことも、合理的配慮の一環と考えることができます。

本稿では、合理的配慮の考え方を出発点としながら、特に「見え方の違い」に注目して、UIにおける設計上の配慮について考えていきます。

UIにおいて合理的配慮が“必要”になる場面

では、デジタル環境のUIにおいて「合理的配慮をしなければならない」のはどんなときでしょうか。
基本的には、障害のある人から配慮を求められたときに、過重な負担でなければ応じる義務がある、という考え方です。

具体的には、次のようなケースです。

  • 障害のある社員が使う業務システムの画面で、配慮を求められた場合
  • 公共性の高い手続きシステム(行政・金融・医療など)で、障害のある人の利用が想定される場合
  • BtoBやSaaSでも、利用者から申し出があった場合

こうしたとき、提供側には「過重でない範囲で対応する責任」が求められます。

「見え方」は人それぞれ

あまり知られていませんが、実は見え方というのはひとりひとり異なります。
近しい話に、「声」の話があります。

自分の声を録音で聞いた時に声に違和感を持った経験は、誰しもあるのではないでしょうか。これは私たちが普段聞いている声が、空気を伝って外に響いた音と、頭蓋骨を通じて内耳で響いた音の両方を含んでいるからです。
つまり自分の聞き慣れた声は、世界で自分にしか聞こえないオリジナルの音なのです。

視覚にも、これと似た構造があります。
同じものを見ているつもりでも、人によって見え方は異なります。光の感じ方、色の知覚、周囲の環境や画面設定、年齢や体調といった要素が複雑に絡み合い、それぞれに異なる“世界の見え方”があるのです。

そして、ここが大切なポイントです。
私たちが見ている“この世界”もまた、実は自分だけのものなのです。
他の誰とも完全には共有できない、自分だけの“オリジナルの視界”の中で、私たちは日々ものを見て、操作して、判断しています。

こうした見え方の違いは、決して珍しいことではありません。
たとえば、色覚特性。色の違いが判別しづらいこの特性は、日本人男性のおよそ20人に1人が持っているとされており、実はとても身近な特性です。

しかしこの違いは、音と違って可視化しづらく、自分であとから振り返ることも難しいため、なかなか気づくことができません。
また、2003年の文部科学省の通知により、色覚検査は学校での健康診断の必須項目から除外されました。このため、現在では色覚検査が定期的に行われていない学校も多く、自分自身が色覚特性を持っていると気づかないまま大人になる人も少なくありません。

こうした背景もあり、UIを設計する側が“色の感じ方は人それぞれ違う”という前提を持つことは、ますます重要になってきています。

年代によって異なる“見えづらさ”

合理的配慮を考える際、まず思い浮かぶのは高齢者の視覚的困難です。
実際、内閣府のデータでも、65歳以上の身体障害者が全体の7割以上を占めており、白内障や緑内障などの疾患による視覚的課題が顕著です。

しかし、視覚の変化は70代や80代になって突然始まるわけではありません。
目の中にある水晶体は、レンズの役割を果たす部分ですが、その水晶体は40代から徐々に黄変し始め、青系統の色が暗く見えたり、コントラスト感度が低下したりと、年齢とともに視覚の特性が変わっていきます。

また、視覚の変化には加齢によるものだけでなく、もともとの体質や特性によるものもあります。
先の章でふれた、色の違いが見分けづらい色覚特性は、日本人男性の約5%、20人に1人が持っているとされており、年齢にかかわらず存在する視覚的な差異のひとつです。

次の写真は、通常の見え方と色覚特性の中で非常に多い、赤と緑の色の区別が難しい人の見え方を再現したものです。

さて、この料理の写真を見て、どれが何の刺身かわかりますか?

加工してない画像は次のものです。

上の画像では、奥のマグロの赤身と手前のトロの色の区別、またサーモンと大葉が非常に近しい色に見えたのではないでしょうか。

このように、「高齢者」だけを対象とするのではなく、色覚特性がある方や、40〜50代のユーザーへも視覚的配慮が必要になっています。つまり、合理的配慮とは「一部の特定の人々」への特別な対応ではなく、広い年齢層に対する普遍的な配慮を指すべきだと考えられます。

UIにおける合理的配慮とは?──具体的な工夫の例

では、UI設計において具体的にどのような合理的配慮が考えられるのでしょうか。
以下に、実際の設計で意識すべきポイントを挙げます。

色だけに頼らない情報提示

すべてのユーザーが色を正確に識別できるとは限りません。例えば「赤と緑」などの区別が難しい色覚特性を持つ人には、色だけで意味を伝えようとしても正しく意図が伝わらない可能性があります。
エラーメッセージは注意喚起を促す「赤色」で示すことがよくありますが、色で意味を認識できない人もいるため、エラーを示すアイコンや「!」マーク、テキストなどを併用することで補完できます。

コントラストの確保

明度差が小さいと文字が読みづらくなります。可読性を確保するために背景色と文字色の明度差を十分にとる必要性があります。例えば、薄い灰色の背景に白い文字では可読性が低くなります。特に視力が弱い人、高齢者、小さな画面で閲覧している人にとってはコントラストの確保は重要です。
W3C(World Wide Web Consortium)によって策定された、ウェブアクセシビリティの国際基準であるWCAG(Web Content Accessibility Guidelines:ウェブコンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン)を参考にすることで、誰もが使いやすいUIを設計できます。

文字サイズの調整

前述したWCAGでは明確なピクセル指定はしていませんが、ユーザーがフォントサイズを調整できるようにすべきと示しています。ただし、実務上、少なくとも16pxを基準に設計することが、多くのユーザーにとって最も可読性が高いとされています。
とくに、高齢者や視力が悪い方向けの文字サイズは16pixel以上を担保する必要があります。小さい文字は、たとえなんとか読めたとしてもユーザーのストレスになり、重要な情報が頭に入らないということにもつながります。

操作性のわかりやすさ

ボタンやリンクのUI設計には「押しやすさ・見分けやすさ・意味のわかりやすさ」の3つの視点が欠かせません。特に高齢者や初心者のユーザーにとっては、ちょっとした違いが使いやすさに大きく影響します。
ボタンであれば、見た目で「ボタン」だと誰にでもわかるデザインにすること、タップ・クリックしやすいサイズにすること、具体的でわかりやすい、明確なラベルをつけておくことなどが重要です。
テキストリンクであれば、青色にして下線をつけるなど、一般的にクリックできると人されている表現で、かつ色覚に関係なくリンクだと気づける見た目にすることが重要です。

補助技術への対応
スクリーンリーダーやキーボード操作への対応は、視覚・身体の制限がある人を含め、すべての人が安心して使えるシステムにするために不可欠です。
視覚障害のあるユーザーはスクリーンリーダー(音声読み上げソフト)を使って、画面上のテキストや操作対象を音声で把握して操作しています。そのため、スクリーンリーダーが正しく音声で情報を伝えられるよう適切にな構造で設計されている必要があります。
また、身体的理由や環境により、ユーザーがマウスを使用せずキーボードだけで操作する場合があります。この場合、タブキーやEnterキーなどで移動・選択ができるUIであることが求められます。これも、適切な構造でシステムが設計されている必要があります。

いくつかポイントを紹介しましたが、これらの多くは「障害者のためだけの特別な機能」ではなく、誰にとっても“使いやすい”と感じられる設計につながる工夫です。
私たちが関わる業務システムにおいても、こうした合理的配慮はますます重要になっています。日々の業務で繰り返し使う画面だからこそ、ほんのわずかな“使いづらさ”が積み重なることで、ストレスやミス、効率低下に直結します。

また、業務システムの現場では40代以上のユーザーも多く、視覚的な変化や操作習慣に配慮したUI設計が求められます。
しかし一方で、業務システムのUIは情報量が多くなってしまうのも特徴としてあげられます。「なんとなく不便」や「見づらいけど我慢してる」といった声の裏には、合理的配慮で解消できるヒントがたくさんあるのではないでしょうか。

業務システムのUIを整えることは、合理的配慮であると同時に、結果的にすべてのユーザーのパフォーマンス向上にもつながる、“みんなのため”の取り組みでもあるのです。

おわりに

“使いにくさ”は、誰にとっても起こりうることです。
そしてそれは、ときに気づかれないまま業務の中に積み重なっていきます。

なぜなら、見え方は“共有されているもの”ではなく、“個別の体験”だからです。
自分が見えているものと、他の人が見えているものは、ほんの少しずつ違う。その“違い”を想像できるかどうかが、これからのUIにとってとても重要なのだと思います。
だからこそ、ひとりひとりの見え方や感じ方に丁寧に向き合いながら、UIを設計していくことが大切だと考えています。

見た目の美しさだけでなく、色覚特性や年齢による変化、さまざまな“ちがい”を前提にした設計こそが、これからの業務システムに求められる姿勢ではないでしょうか。

ユーザー調査や利用している方へのヒアリングを通して、色味の調整で済むのか、それとも設計そのものの見直しが必要なのかなどをより深く考えることができます。
設計の良し悪しは机上だけでは判断できないことも多いため、実際のユーザーに使ってもらい、その様子を観察させて頂くユーザビリティテストの実施も重要です。どこで操作につまずいているのか、何が見えていないのか、どの情報が伝わっていないのか──そういった“現場のリアルな声”を拾い上げることが、より深い合理的配慮につながっていきます。

その判断からご一緒することが、私たちの仕事です。

NCDCでは実際の業務の現場に寄り添いながら、“すべての人に届く体験”をつくることを真摯に向き合っています。
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