企業の基幹システムにおいて、「ポストモダンERP」という新しい構築手法が注目を集めています。従来の単一のシステムですべての業務をカバーするアプローチとは異なり、中核となるシステムとさまざまなクラウドサービスを連携させることで、変化に強い柔軟なIT基盤を実現する手法です。
本記事では、ポストモダンERPの定義や従来型ERPとの違いから、導入のメリット、検討時に注意すべき点、構築と運用を成功に導くポイントまで詳しく紹介します。
ポストモダンERPとはどのようなシステムか?
ポストモダンERPがどのようなシステム構成を指すのか、その全体像と従来システムとの違いについて解説します。
ポストモダンERPの概念
ポストモダンERPとは、企業の業務プロセスの中核を担う基幹システム(コアERP)を中心に置きつつ、特定の業務領域において優れた機能を持つ複数のクラウドサービスやSaaSを連携させるシステム構成のことです。米国のIT調査会社であるガートナー社が提唱した概念として広く知られています。
すべての機能を一つのベンダーの製品でまかなうのではなく、業務の特性に合わせて最適なツールを選ぶ「適材適所」の考え方を採用しています。
各分野で最も優れた製品・サービスを組み合わせるアプローチのためBest of Breed とも表現します。
たとえば、財務会計や原価管理には安定性を重視した堅牢なコアERPを利用し、販売管理や生産管理、在庫管理、人事給与、経費精算などの業務には、最新の機能を持つ専門的なSaaSを採用して連携させます。これにより、システム全体の安定性と、新しい要件に対する俊敏性の双方を同時に満たすことが可能になります。
従来のモノリシックERPとの違い
これまでのERPは、企業内のすべての業務プロセスを単一の巨大なシステム上で統合する「モノリシック(一枚岩)」な構造が一般的でした。この構造はデータの不整合が起きにくく、情報の一元管理が容易であるという強みがあります。しかし、特定の部署が求める細やかな要件に対応するためには、システム全体に影響を及ぼす大規模なアドオン開発やカスタマイズが必要となり、多大な時間とコストがかかるという課題がありました。
対してポストモダンERPは、機能ごとに独立した複数のシステムをAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)などを通じて連携させる構造を持ちます。一部のシステムを入れ替えたり、新しいサービスを追加したりする際にも、システム全体への影響を最小限に抑えることができます。
発展形はより細かい部品に分割するコンポーザブルERP
ポストモダンERPの概念をさらに推し進めた考え方として、近年では「コンポーザブルERP」というキーワードも定着してきています。コンポーザブルERPとは、システムをより細かな構成要素(コンポーネント)に分割し、ブロックを組み立てるようにシステム全体を構築するアプローチを指します。
ポストモダンERPが主に「コアとなる基幹システムと周辺SaaSの連携」に焦点を当てているのに対し、コンポーザブルERPはシステム全体をAPIベースで構成し、より高度な柔軟性と再利用性を追求します。ビジネス環境の変化が激しい現代において、まずはポストモダンERPを足がかりとして、最終的にはコンポーザブルERPのような、さらに俊敏性の高いシステムアーキテクチャを目指す企業が増加しています。
従来型のモノリシックERPとポストモダンERPの比較表
| 比較項目 | 従来型(モノリシックERP) | ポストモダンERP |
|---|---|---|
| システム構造 | 単一の巨大なシステムに全機能を統合 | コア基幹システムと複数のSaaSがAPIなどを通じて連携 |
| 柔軟性と拡張性 | 全体への影響が大きく改修が困難 | 必要なSaaSの追加や入れ替えが比較的容易 |
| 導入のスピード | 全体最適を図るため長期間を要する | 業務単位での段階的な導入がしやすい |
なぜポストモダンERPが注目を集めているのか?
ポストモダンERPへの移行を検討する企業が近年増加している背景には、テクノロジーの進化と、企業が直面している切実な経営課題が存在します。
ビジネス環境の急激な変化に対応する必要があるため
現代のビジネス環境は変化のスピードが非常に速く、新しいビジネスモデルの立ち上げや市場の要求に対して、企業は迅速に対応することが求められています。従来のモノリシックERPでは、新しい事業を始める際にシステムの改修に数年単位の時間がかかることも珍しくありませんでした。ポストモダンERPであれば、新規事業に必要な機能だけを持つSaaSを素早く導入し、既存のシステムと連携させることで、数ヶ月単位でのスピーディーな事業展開が可能になります。変化への対応力が企業の競争力に直結する時代において、ITシステムにも経営戦略と同期する俊敏性が強く求められているのです。
優れたクラウドサービスやSaaSが普及してきたため
さまざまな業務領域において、高度な機能を提供するSaaS(Software as a Service)が次々と登場し、企業が手軽に利用できる環境が整ったことも大きな要因です。たとえば、顧客マスターはCRMに、勤怠含めた人材マネジメントはHR SaaSに、経費精算もSaaSへなど、各分野に特化したクラウドサービスは、その専門性を生かして、ERPよりも使い勝手が良く先進的な機能を備えています。これらを自社の要件に合わせて選択して組み合わせることで、自社にとって最適なIT環境を構築できるようになりました。
優れたシステムを「一から作る」または「パッケージ製品をカスタマイズする」方法だけではなく、「選んで組み合わせる」という発想でも実現可能になっているのです。
システムの老朽化と顕在化した「2025年の崖」への対処
日本企業においては、長年にわたって運用されてきた既存の基幹システムが老朽化し、複雑化やブラックボックス化が進行していることが大きな課題となっています。経済産業省がかつて発表した「DXレポート」では、レガシーシステムが残存した場合、「システム障害で被る損害」や「競争力を失うことで稼ぎ損ねる利益(機会損失)」などで2025年以降に最大12兆円/年の経済損失が生じる可能性があると警告されていました(引用元:経済産業省 DXレポート )。
すでに2026年を迎えた現在も、レガシーシステムは残っており、保守運用コストの増大や、新たなテクノロジーへの対応遅れといった問題が経営課題として多くの企業に重くのしかかっています
ポストモダンERPを導入するメリットとは?
ポストモダンERPを採用することで、従来のシステムにはなかった多くの経営的および技術的な恩恵を享受することができます。
経営やビジネスの変化に柔軟に追従できる
最大のメリットは、経営戦略やビジネス要件の変更に合わせて、システムを柔軟かつ迅速に組み替えられる点にあります。M&A(企業の合併・買収)や組織再編が行われた際にも、統合先のシステムをすべて入れ替えるのではなく、必要な業務領域のSaaSだけを連携させることで、段階的に対応していくような選択肢をとりやすくなります。
不要になった機能は契約を解除して別のサービスに切り替えることも容易であり、常に自社のビジネスサイズや戦略に合致した無駄のないシステム環境を維持できます。
業務ごとに最新のテクノロジーを迅速に活用できる
特定の業務領域において、生成AI(人工知能)や機械学習、高度なデータ分析機能を備えたサービスを部分的に導入することが容易になります。単一のERPシステム全体をバージョンアップするには多大なコストとリスクが伴いますが、SaaSであればベンダー側で定期的に最新の機能がアップデートされるため、大きな投資をせずに常に最新のテクノロジーを利用できます。これにより、最新の技術による業務効率化をいち早く現場にもたらすことができます。
特定のITベンダーへの過度な依存から脱却できる
特定のERPベンダーの製品群のみでシステムを構築すると、機能追加やバージョンアップの際にそのベンダーへの依存度が高まり、コストが硬直化する(ベンダーロックインの)リスクがあります。
ポストモダンERPでは、業務ごとに最適な別々のベンダーの製品を組み合わせるため、特定の企業に依存するリスクを適切に分散できます。仮に一つのサービスの料金が高騰したり、機能拡張が滞ったりした場合でも、その部分だけを別のサービスにリプレイスすることで柔軟に対応できます。
ポストモダンERPのデメリットと課題は?
ポストモダンERPは多くのメリットをもたらす一方で、複数システムを連携するという特性上、構築や運用においていくつかの技術的な課題も存在します。
複数システムの連携による複雑化
複数の独立したシステムやSaaSを組み合わせるため、システム間のデータ連携が複雑化しやすいという課題があります。
適切な連携基盤が構築されていない場合、あるシステムで更新されたデータが別のシステムに反映されず、業務の遅延や手作業によるデータ入力の二度手間を引き起こす原因となります。データが分断される「サイロ化」を防ぐための慎重なデータアーキテクチャの設計が必要です。
一部においては管理の難易度が高まる
従来型のひとつのERPでの管理と比較するとシステム全体を通したセキュリティポリシーの統一やアクセス管理が難しくなります。認証基盤が統合されていないと、従業員はシステムごとに異なるIDやパスワードを管理する必要が生じ、セキュリティの脆弱性を生む要因となります。
複数ベンダーのマネジメント負担の増加
利用するSaaSやシステムが増えるほど、当然ながら契約するベンダーの数も増加します。それぞれのベンダーとの契約更新手続き、ライセンス管理、サポート窓口とのやり取りなど、ベンダーマネジメントにかかる事務的な工数は増加します。
ポストモダンERPの構築と運用を成功させるには?
前述の課題を乗り越えてポストモダンERPを成功させるためには、全体最適を見据えた戦略的かつ専門的なアプローチが不可欠です。
全体最適を見据えた明確なIT戦略を事前に策定する
ポストモダンERPは単に部分最適なSaaS導入を進める施策ではありません。SaaSの導入を各部門の判断で場当たり的に進めると、システム間のデータ連携が複雑化し手作業での対応を迫られるリスクが増えてしまいます。まずは企業全体としてどのようなビジネスプロセスを実現したいのか、中長期的なIT戦略を描くことが重要です。
コアとなる基幹システムに残すべき機能と、外部のSaaSに切り出すべき機能を明確に切り分け、全社的なグランドデザインを策定します。この全体を俯瞰した事前設計が、後々のシステムの拡張性や運用保守のしやすさを大きく左右します。
従業員の生産性を下げないユーザー体験を考慮する
多くの業務をひとつのシステム(モノリシックなERP)で長年行なっていた場合、複雑化などの問題がある一方で、多くの従業員がそのやり方に慣れているのも事実です。
これを複数のSaaSに分解することで、従業員は業務ごとに複数のアプリケーションを使い分ける必要が生じます。それぞれのツールの操作方法やが異なると学習コストが増大し、かえって現場の業務効率が低下してしまう恐れもあります。これを防ぐためには、UX(ユーザーエクスペリエンス)デザインの観点を取り入れ、従業員が直感的に操作できる操作性に優れたサービを選定したり、統一されたポータル画面を作成したりと、ユーザー視点に立った設計を行うことが重要です。
専門的な知見を持つ外部パートナーを活用する
ERPのリプレイスのような稀にしか発生しない大規模なプロジェクトを、自社のリソースだけでやり遂げるのは非常に困難です。ノウハウ不足による迷走や停滞を防ぎ、プロジェクトをスムーズに推進するためには、外部の専門家が持つ知識と経験を積極的に取り入れることが有効です。
システム間のスムーズなデータ連携や柔軟な拡張性を実現するモダンなアーキテクチャの知見に加え、先述した現場の定着化に不可欠なUXデザインの知見をあわせ持つNCDCでは「SaaSインテグレーションサービス」を提供しています。お客様の業務に最適なSaaSの選定から、カスタマイズの要否検討、新たなシステムアーキテクチャの設計までを包括的にサポートします。
ポストモダンERP実現に向けた取り組み事例
最初からすべてのシステムを刷新するのではなく、中核となるシステムを維持しながら、必要な業務領域から段階的にSaaSを連携させていくアプローチが、コスト削減と俊敏性の向上に繋がります。ここでは、適材適所でサービスを組み合わせた事例を紹介します。
ERPパッケージから複数SaaSでの構成に変更してコスト削減を実現
サービス業を展開するA社では、システムの見直しにおいて、ひとつのERPパッケージですべての業務をカバーするのではなく、業務特性に合わせてシステムを分割するアプローチを採用しました。
具体的には、安定性と正確性が求められる「財務会計」や「原価管理」については特定のベンダーの会計パッケージを中核として採用。一方で、より柔軟な運用が求められる「売上管理」「人事給与」「プロジェクト管理」「勤怠管理」といった周辺業務には、それぞれの領域で優れたSaaSを選定して導入しました。
システム間の連携についても、すべてを複雑なAPI連携にするのではなく、要件に応じて柔軟に対応しています。一部のデータ連携は、SaaSから出力したCSVファイルを月次で会計パッケージへアップロードする運用にとどめるなど、コストと手間のバランスを考慮しました。
また、これらのシステムは標準機能の設定のみで利用し、独自のカスタマイズやアプリケーション開発を一切行いませんでした。アカウント管理はGoogle Workspaceを認証基盤として統合。初期設定費用がかかるSaaSを排除し、すべて月額のサブスクリプションライセンスに切り替えることで、システムの柔軟性を高めつつ、劇的なコスト削減を実現しています。
ポストモダンERPの導入に向けたステップ
ポストモダンERPの導入においても「要件定義」からスタートする点は、一般的なシステム開発や従来型のERP導入と変わりません。しかし、複数のSaaSやシステムを組み合わせるという性質上、要件に対する適合性の幅が従来のERPよりも広く、一方でフルスクラッチ開発のような完全な自由度はないため、要件定義の進め方には工夫が必要です。
NCDCでは、以下のようなステップで、現状の課題解決とシステムの選定を効率的かつ確実に行うアプローチを推奨しています。
- 既存システムの画面フローに則った業務整理:まずは、現在利用しているシステムの画面遷移や業務フローに沿って、現状のプロセスを洗い出します。
- 既存ベースでの新規要望の抽出:整理した画面フローをベースに、「現在できていないこと」や「不便に感じていること」など、現場からの新たな要望を抽出・整理します。
- 独自要件の深掘りと優先順位付け:抽出した要望の中から、一般的なSaaSやパッケージの標準機能には備わっていないと思われる「自社特有の要望」をリストアップし、深掘りを行います。その上で、どの機能を優先すべきか順位付けを行います。
- ベンダーへの問い合わせと機能別ラベリング:ここまでの要件をまとめた資料を各製品ベンダーに送付し、それぞれの要望に対して「標準機能で対応可能」「カスタマイズで対応可能」「対応不可」といったラベリングを依頼します。
- 概算費用の見積もり取得:機能要件の確認と並行して、各ベンダーからおおよその導入費用およびランニングコスト(利用料)の見積もりを取得します。
- フィットギャップ分析と再見積もり:各社からの回答が出揃った段階で、製品やベンダーの候補を絞り込みます。その後、より詳細なフィットギャップ分析(自社要件とシステム機能の適合度評価)を行い、最終的な再見積もりを取得します。
- 製品・ベンダーの決定とプロジェクト始動:最適な製品の組み合わせとパートナーを決定し、導入プロジェクトをスタートさせます。
- データ移行から新業務への移行:システムの構築、既存データの移行作業を経て、新しい業務プロセス(新業務)をスタートさせます。
システム刷新・モダナイズに関するご相談はNCDCへ
レガシー化し、ベンダーロックインしてしまったシステムを刷新するポストモダンERPの導入は、変化の激しい現代において、企業が競争力を維持・強化するための重要なシステム基盤となります。
一方で、複数システムのシームレスな連携と全体最適化を図るには専門的な知見をもったパートナーの存在が重要です。
NCDCでは、SaaSインテグレーションの確かな技術やUX/UIデザインの知見を通じて、柔軟で使いやすい次世代の基幹システム構築を支援しています。既存システムのモダナイズや高度なデータ連携基盤の構築でお悩みの場合は、ぜひお気軽にご相談ください。





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