デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉が日常的に使われるようになり、多くの企業がシステム刷新や業務改革に取り組んでいます。しかし、現場からは依然としてこのような悲鳴が聞こえてきます。
「個別のシステムは新しくなったが、データが連携されておらず業務効率が上がらない」
「ある部署で導入したツールと、別の部署のツールで機能が重複している」
「システム改修を行おうとしても、影響範囲が複雑すぎて誰も全容を把握できない」
なぜ、個々のプロジェクトは成功しているように見えるのに、企業全体としてはスピード感が失われていくのでしょうか。その根本原因は、企業をひとつの「構造物」として捉える視点、すなわち「エンタープライズアーキテクチャ(Enterprise Architecture:EA)」の欠如にあります。
かつて2000年代に一度ブームになりながらも、「壮大すぎて失敗する」というレッテルを貼られたEA。しかし、デジタルテクノロジーがビジネスの核心となった現代において、その重要性は過去とは比較にならないほど高まっています。
本記事では、NCDCが数多くのクライアント企業と共に実践してきた「実効性のあるEA」について、その概念から具体的な進め方、そしてなぜ今こそ再評価すべきなのかを、実際のプロジェクト事例を交えて深く解説します。
目次
1. エンタープライズアーキテクチャの基本視点
「アーキテクチャ」とは何か
そもそも「アーキテクチャ」とは、日本語で「構造」や「設計思想」と訳されます。
例えば、一軒の家を建てる時を想像してください。木造にするのか、鉄骨にするのか。2×4(ツーバイフォー)工法でパネルを組み合わせるのか、在来工法で柱を立てるのか。家という全体を成り立たせるために、どのような要素(木材、鉄、コンクリートなど)を選び、それらをどのような関係性で組み合わせるか。この「構造の作り方」こそがアーキテクチャです。
では、システムアーキテクチャとは何を指すのか? 家を建てる時と同じように、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワークなどの構成要素と、それらの関係性・相互作用を定義して全体を成り立たせるための「システムの設計図」がシステムアーキテクチャです。
渋谷の再開発に見る「全体最適」
この概念を、家(個別のシステム)から街(企業全体)へと広げてみましょう。
NCDCでは、エンタープライズアーキテクチャを「都市計画(City Planning)」に例えて説明することがよくあります。
現在進行形で再開発が進む渋谷の街を思い浮かべてください。そこには巨大なビルが立ち並び、地下鉄が走り、道路が整備され、水道や電気といったインフラが張り巡らされています。
これらは、それぞれの施工主が好き勝手に作っているわけではありません。「このエリアは商業地区」「ここは交通の結節点」「地上2階で駅とビルを直結させる」といった、街全体を機能させるためのグランドデザイン(全体設計図)が存在します。

引用:東急株式会社 渋谷駅周辺の基盤整備より「東口アーバン・コア周辺の将来イメージ図」
もし、この全体設計図なしに、個々のビルのオーナーが自分の敷地内だけで最適化を図ったらどうなるでしょうか?
隣のビルに行き来できない、道路が繋がっていない、地下鉄の入り口が見つからない―そのような街は、個々のビルがいかに立派でも、都市としての機能は不全に陥ります。
企業も全く同じです。
人事システム、会計システム、生産管理システム、顧客管理(CRM)システム、営業支援(SFA)ツール……大企業になれば数百から数千のシステムが存在します。これらを「都市計画」なしに、各事業部や各担当者がバラバラに導入・構築すれば、データの分断や機能の重複といった「スラム化」が進むのは必然です。
エンタープライズアーキテクチャとは、企業という巨大な都市において、ビジネス(業務)、データ(情報)、アプリケーション(機能)、テクノロジー(基盤)の4要素を整理し、全体が有機的に機能するように設計する技法なのです。
2. EAにおける企業の4層構造とは
エンタープライズアーキテクチャのフレームワークでは、企業を以下の4つのレイヤー(層)で構成されるものとして定義します。この4つを整合させることこそが、DX推進の要諦です。
① ビジネス・アーキテクチャ(Business Architecture)
企業の戦略、業務プロセス、組織構造を指します。「ビジネスゴールは何か」「それを達成するためのビジネス機能(受注、製造、出荷など)は何か」「ビジネス機能を実現する業務プロセスは何か?」「誰が(どの組織が)それを担うか」を定義します。
システムを作る前に、そもそも業務プロセスが最適化されているか、組織間の役割分担が適切かを見直す領域です。
② データ・アーキテクチャ(Data Architecture)
企業内を流れる「情報」の構造です。顧客データ、商品データ、在庫データなどが、どのシステムで生成され、どこに保管され、どう活用されるかを定義します。
そして、複数のシステムとしての整合性をとるために、一番重要なのが「どのシステムがどのデータの責務を持つか?」ということです。これが崩れるとスパゲッティ状態のシステムとなってしまいます。
昨今はマイクロサービスといった考え方が最適解として注目されていますが、複数システムでの役割分担、システム分割、マイクロサービスアーキテクチャを考えるうえで、最も重要なレイヤーと言えるでしょう。
AIやデータ分析の重要性が高まる中でも注目度が高い領域です。
③ アプリケーション・アーキテクチャ(Application Architecture)
具体的な業務システムやアプリケーションの構成です。個々のシステムの機能分担や、システム間の連携方式(インターフェース)を定義します。
近年では、巨大な一枚岩のシステム(モノリス)から、「マイクロサービス」型でAPIが中心のシステムに移行されてきています。その上では2000年代に検討されていたアーキテクチャとは最も変化した領域と言えるでしょう。
④ テクノロジー・アーキテクチャ(Technology Architecture)
システムを支える技術やインフラや標準化のレイヤーです。クラウド(AWS/Azure等)の利用方針、セキュリティ基準、採用するプログラミング言語やデータベースの技術選定などは従来から変わりませんが、アプリケーションの実装方式もクライドネイティブに移行してきている近年では2000年代とは大きな進化があるレイヤーになります。
「企業とは何か」を構造で語る
「企業って一体何ですか?」と聞かれた時、多くの人は「何かを売って利益を上げる集団」などと答えるでしょう。しかし、全く別の視点「構成要素から企業とは何かを考えると以下のように説明できます。
「企業とは、目標があり、そのためのビジネスがあり、データがあり、システムがある構造物である」と。
このように「企業」を構造物として捉えて最適化していくことがエンタープライズアーキテクチャの考え方の基本となります。
3. なぜ過去のEAは失敗し、今のEAは機能するのか
読者の中には、2000年代初頭に日本政府や一部の大手企業が主導した「EAブーム」を記憶されている方もいるかもしれません。そして、「EA=大量のドキュメントばかりで役に立たない、重厚長大で失敗するもの」というネガティブなイメージをお持ちの方もいるでしょう。
確かに、当時のEAプロジェクトの多くは失敗に終わりました。
その最大の原因は、「現状(As-Is)の可視化」に膨大な時間がかかり、それだけで疲れてしまったということがあるかと思います。また、 To-Beを描いたとしてもシステムを一つずつリプレースして最適化していくことには長い時間を要します。その間にビジネスの変化やテクノロジーの変化が起きて、描いたTo-Beが古くなってしまうことに気づいたということもあるかと思います。描いたTo-Beが古くなる前に、常にTo-Beも見直してブラッシュアップしてくことが推奨されていますが、これをやるにも時間がかかる。
結果、誰も読まない分厚い資料の山だけが残ってしまったということかと思います。
現代における「アジャイルなEA」のアプローチ
しかし、だからといって「全体設計」が不要になったわけではありません。むしろ、変化の激しい時代だからこそ、羅針盤が必要です。NCDCでは、過去の反省を踏まえ、現代に即した「実効性のあるエンタープライズアーキテクチャの構築」を提唱しています。その特徴は以下の3点です。
特徴1:短期間(3ヶ月程度)を一つの期間とする
約3ヶ月という短期間で集中的にプロジェクトを行います。
すべての業務を詳細に分析するのではなく、大きな業務機能とそれを担っているシステム、システムが持っているビジネスレベルで理解できるデータ、実装のアーキテクチャさえ可視化することができれば、全体の方向性を描くことは可能です。個別のシステムの細かい内容は各プロジェクトで検討すれば良いことです。
特徴2:厳格な統制ではなく「リファレンス(参照)」を示す
すべてのシステム開発を中央集権的に管理しようとすると、現場のスピードを殺してしまいます。
そこで私たちは、「このガイドライン(リファレンスアーキテクチャ)に準拠していれば、中身の作り方は任せる」というアプローチを取ります。
例えば、「システム間の連携は必ずAPIを通すこと」「顧客データのマスターはこのDBをAPI経由で参照すること。勝手にシステム間でデータの転送を行わない」といったインターフェースとデータのルールだけを厳格に定め、それ以外の個別機能の実装は、実装のフレームワークや実装ガイドライン、ツール類の提供に留め、各プロジェクトの裁量に任せます。これにより、全体最適(ガバナンス)と個別最適(スピード)の両立を図ります。
特徴3:ビジネス戦略とIT実装の「翻訳者」となる
多くの企業で、経営層が語る「DX戦略」と、現場エンジニアが作る「システム」の間には深い溝があります。
EAコンサルタントは、経営戦略(レイヤー①)を噛み砕き、それを実現するためにはどのようなデータ構造(レイヤー②)とシステム構成(レイヤー③)が必要かを翻訳して繋ぎます。
「渋谷を新しい街にする」という戦略があった時、「では地下鉄をどう通し、通信インフラをどう敷設するか」という設計図に落とし込む役割です。
4.DXの要となるデータ・アーキテクチャとは
エンタープライズアーキテクチャの4つのレイヤーの中で、NCDCが特に重視し、多くのプロジェクトでカギとなるのが「データ・アーキテクチャ」です。
テクノロジーは日々進化します。サーバーはオンプレミスからクラウドへ、アプリはWebからモバイルへ、そしてAIへ。しかし、企業活動の記録である「データ(受注履歴、顧客情報、製品スペック等)」そのものは変化していません。
「倉庫」のメタファーで考えるデータのあり方
データ・アーキテクチャの重要性を理解するために、「食材倉庫と料理」の例え話をしましょう。
料理(ビジネスの業務)をするために、食材(データ)が必要です。
もし、食材が保管されている倉庫が30箇所あり、どこに何があるか決まっていなかったらどうなるでしょうか?
「米を取るためにA倉庫に行き、野菜を探しにB倉庫へ行ったがないのでC倉庫へ……」と走り回ることになります。しかも、「A倉庫の米は古いが、D倉庫の米は新しい」といった不整合まで起きていたら、まともな料理は作れません。これが、データが散在している企業の現状です。
一方、整理されたEAが導入されている状態とは、「米は1番倉庫、野菜は2番の冷蔵倉庫」と明確にルール化され、かつ、倉庫に入らずとも、倉庫の前には倉庫から物を取ってきてくれる受付の人がいる状態です。これなら、どんな料理人(業務担当者やシステム)が来ても、必要な情報を伝えて倉庫の前で待っていれば渡してもらえます。探す手間も必要なく、最高の料理を提供できます。
この「倉庫の整理(どのシステムにどのデータを保管するのか)と受付の人(インターフェーズ)がシステム刷新の成否を分けるのです。
5. EAで実現したNCDCのプロジェクト事例
NCDCがエンタープライズアーキテクチャをどのように全体設計から個別プロジェクトへ接続しているかを、整理したものが以下の図です。

この全体像を踏まえたうえで、NCDCが実際に支援したEAプロジェクトの事例をいくつか紹介します。業種も課題も異なりますが、いずれも「構造化」によって課題を解決しています。
事例①:建設コンサルタント業の「10年後のビジネス変革」
このプロジェクトでは、単なるシステム刷新ではなく、「10年後のビジネス環境の変化」を見据えた全社的な変革を描きました。
建設コンサルタント業界は、官公庁からの受注が主ですが、今後の10年では民間からの要望も増えてくると予想しています。ビジネスやシステムが官公庁向けに過度に最適化されており、変化が来た際には対応できるのか不安がありました。
「10年後、顧客はどう変わるか? それに合わせて自社はどう変わるべきか?」という経営レベルの議論からスタートし、それを実現するための事業戦略、IT戦略、そしてシステム構造へと落とし込んでいきました。
ここではEAのフレームワークを使い、経営目標からインフラ構成までを一気通貫で可視化。「現状の可視化」だけでなく、「未来のビジネスモデル」を支えるためのアーキテクチャを描いた事例です。
事例②:生命保険会社の「マイクロサービス化」
2020年頃から数年間に渡り支援したこの事例では、アプリケーション・アーキテクチャの刷新が主眼でした。
ビジネスの変化に素早く対応するため、巨大なシステムを小さな機能単位に分割する「マイクロサービスアーキテクチャ」への移行を計画。
「システム間連携は必ずリアルタイム連携基盤を通す」「各サービスは独立性を保つ」といった原理原則(Principles)を策定し、ベンダーに依存しない自律的なシステム開発ができるガイドラインを作成しました。また、顧客接点となるフロントエンドにはSPA(Single Page Application)を採用するなど、技術的な「あるべき姿」を明確に定義しました。
事例③:グローバル製薬会社の「データ統合」
グローバルでビジネスを展開する製薬会社において、マスターデータマネジメント(MDM)とデータ分析基盤の構想策定を行いました。
各国・各システムに散らばる売上データや顧客データをどう統合するか。特に製薬業界特有の「コ・プロモーション(2社で1つの薬を販売する形態)」のような複雑な商流に対応できるデータモデルはどうあるべきか。
ビジネスの複雑さをデータの構造に落とし込み、グローバルでの意思決定スピードを上げるための基盤を設計しました。
異業種の知見を「抽象化」して活かす
これらの事例を見て、「うちは製造業だから金融の事例は関係ない」と思われるかもしれません。しかし、エンタープライズアーキテクチャの面白さは「ビジネスの構造を抽象化すれば、業種を超えてノウハウが通用する」点にあります。
例えば、「工場の生産ラインのボトルネックを解消する」という課題と、「銀行の窓口業務の待ち時間を減らす」という課題。これらは「プロセス(工程)の流れを整理し、滞留をなくす」という構造において全く同じです。
金融のトランザクション処理の堅牢さを製造業の在庫管理に活かしたり、Webサービスのスピード感を伝統的企業の顧客接点に取り入れたりする。
業種別の縦割り組織ではないNCDCのコンサルタントだからこそ、業界の枠を超えた「構造的な正解」を提案できるのです。
今回ご紹介した事例以外にも、NCDCでは業界の枠を超えた最適解を検討し、企業のDX支援を実績してきたがあります。
その他の事例一覧はこちらからご覧いただけます。
6. EAと現場運用の向き合い方
エンタープライズアーキテクチャのような全体最適の話をすると、必ず現場から挙がる懸念があります。「理想はわかるが、現場にはExcelで管理している独自の業務がある」「システムを統一すると、細かい融通が利かなくなるのではないか」という声です。
「例外」を認めつつ、コントロール下に置く
結論から言えば、すべての例外を排除して画一化することは不可能ですし、すべきでもありません。
NCDCのアプローチは、「例外があるのであれば、それを可視化して管理する」としています。
システム間の連携部分(インターフェース)さえルール化されていれば、その中身がどうなっていても全体には影響しません。「入力データ」と「出力データ」の形式さえ守れば、中でどのようなロジックで処理をしていようが全体への影響はありません。
もっとも危険なのは「見えない例外」が放置されることです。EAによってこれらを可視化し、コントロール可能な状態に置くことが、リスク管理の第一歩です。
7.全体設計図としてのEAがDXを導く
企業のシステム環境は、もはや「作って終わり」ではありません。ビジネスの変化に合わせて、増築・改築を繰り返しながら成長し続ける「生きている街」のようなものです。
その街を、無計画なスラムにするのか、機能的で美しいスマートシティにするのか。その違いは、リーダーが「エンタープライズアーキテクチャ」という設計図を持っているかどうかにかかっています。
- 経営戦略とITの現場が乖離している
- システムが複雑化しすぎて、誰も全体像を説明できない
- DXを進めたいが、どこから手をつければ全体最適になるかわからない
このような課題をお持ちであれば、一度立ち止まり、自社の「都市計画」を見直してみてはいかがでしょうか。
3ヶ月あれば、霧の中に隠れていた企業の全体像を可視化し、次の一歩を踏み出すための地図を描くことができます。
NCDCは、戦略策定からアーキテクチャ設計、そして実際の開発・実装までを一気通貫で支援できるパートナーです。理想論で終わらない、ビジネスを変革するための「生きたエンタープライズアーキテクチャ」を、私たちと一緒に作り上げましょう。
NCDCのEAコンサルティングサービス
NCDCでは、お客様の課題に合わせて柔軟な支援を行っています。
- エンタープライズアーキテクチャ策定支援: 現状分析からTo-Beモデルの策定、ロードマップ作成まで(標準期間:3ヶ月〜)
- リファレンスアーキテクチャ策定: クラウド活用、マイクロサービス化などに向けた技術標準・ガイドラインの作成
- DX構想策定: ビジネスモデル変革を見据えた、経営戦略とIT戦略の融合支援
「まずは自社の現状を診断してほしい」「具体的な事例をもっと詳しく聞きたい」という方は、お気軽にお問い合わせください。



