電線や光ファイバといった通信インフラ関連製品から、スマートフォンに使われる電子部品、自動車電装部品まで、多くの分野で世界トップクラスのシェアを誇る株式会社フジクラ。同社は現在「2030年ビジョン」を掲げ、既存事業の枠を超えた新しい価値の創出に取り組んでいる。
その一環である「安全運転支援BOX」のPoCについて、新規事業推進センターの今井隆之様・唐澤範之様に話を聞きました(NCDCで同プロジェクトを担当した十川・茨木との対談)。
今井氏 ── フジクラではスタートアップ企業との新規事業の共創を目指す「フジクラ アクセラレーター」というオープンイノベーションの取り組みを2017年に始めました。
このプログラムでは40社程にご応募いただき、いくつかの選考を経て採用させていただいたのが5社だったのですが、NCDCさんはその5社のひとつでしたね。
「フジクラ アクセラレーター」をはじめたのは、ちょうどその頃にフジクラの2030年ビジョンが発表されたという背景があります。これは簡単にいうと、従来の「お堅いハードウェアのサプライヤー」から、それだけではなく「サービスを通じて社会課題を直接解決できるような会社になろう」というビジョンです。
フジクラとしてはまったく新しい分野へのチャレンジなので、外部の力を借りよう、いわゆるオープンイノベーションを使ってやっていこうと考えて取り組みをはじめました。そのため、実は当社にとってはかなり手探りで進めていったプロジェクトなのです。
今井氏 ── まず、フジクラの2030年ビジョンの1分野である「Vehicle」の課題認識に共感して、とてもよく主旨にあった提案をしてもらえたことが大きかったです。
また、もともとNCDCさんが持っていたIoTのプラットフォーム提供サービス(AppPot IoT)なども知って、そういったアセットの面でも我々が求めているものがある企業だと感じました。
そういう意味では、提案してもらった内容はもちろんですが、総合的に評価して一緒に何かやっていける企業だと判断したということになりますね。
我々はやはりハードウェアメーカーなので、「これからはIoTだ」などと言いながらも、当時はIoTを使ったサービスを自社でどうにかするというような動きもまだありませんでした。そのため、NCDCさんならそうした新しい試みを一緒につくりあげていってもらえるのではという期待がありました。
十川(NCDC) ── NCDCは、フジクラさんの2030年ビジョンの中でもVehicle(車両)というテーマの「快適で安全な移動・輸送が可能となる社会の実現」に関連して何か新たな価値を生み出せないかと考えて提案を行いました。
Vehicleという分野では、当時、高齢者の運転ミスによる事故などで安全運転への注目が高まっていました。長い目で見ると完全自動運転やコネクティッドカーの話になるかもしれませんが、その分野は実現までに時間がかかるので、まずは既存の車に後付けできて、数年で市場に投下できるものを考えて提案したのです。
また、サービスをどう軌道に乗せていくかという面でも、まず法人向けに売り、徐々に自社でサービスを提供できるように発展させていくというようなロードマップをご説明しましたね。
今井氏 ── フジクラの側はハードウェアしか扱ったことがない人間が担当しているので、とにかくNCDCさんから聞くことは全てが新鮮な感じでした。聞いたそばから手元でググって確認してくみたいな感じでしたね(笑)。
実は、「スタートアップ企業と大企業ではまったくスピード感が違うから、ついていくのが大変だぞ」という話を他社の人から聞いていたのですが、NCDCさんはこちらのペースに合わせて進めてくれたのかなと感じています。
十川(NCDC) ── 1つのステップに3ヶ月程度かけるとしても、その期間中で方針検討や機材探しにもある程度の時間を使うので、開発自体はそのうちの数週間程度とかなり短期で行いましたね。フジクラさんにあまり負荷がかからないようにしつつ、開発や検証は素早く行うことは意識しました。
また、いきなり大きな投資をするのはなく、できるところからスモールスタートして、少しずつ幅を広げていこうという進め方をとりました。大きく分けると、1st STEPでコンセプトの検証、2nd STEPで精度の向上、3rd STEPで夜間映像への対応という3つの段階に分けて進めたプロジェクトでした。
限られた学習データを用いて「車内カメラの映像からAIでシートベルトを検知する」というコンセプトの実現可否を検証。
※アノテーション[annotation]:そのデータに対して関連する情報(メタデータ)を注釈として付与すること。機械学習では、アノテーションをつけた「教師データ」を用いてAIにパターンを認識させる。
試作したプロトタイプのハードウェアなどを用いて教師データを増やし、検知精度を向上させる。
赤外線カメラを用いて夜間(暗い車内)でもシートベルトを検知できるようにする。
今井氏 ── 当初からデモとして自動車メーカーへの提案に持っていけるレベルの、動くソフトウェアをつくるという目標の共有はしていたので、「1st STEPではここまでできたけど、まだまだ課題があるので次のステップで取り組みましょう」という感じで、お互いに自然と次の工程に進められましたね。
今井氏 ── 最初の頃は「機械学習にTensorFlowというものを使います」と聞いたり、「検知の精度が上がらない原因は過学習というものだ」と説明してもらったりするたびに、私たちは「なんだそれは?」と思いながら、必死についていった感じでした。
結果論ですが、ただ自分たちで勉強するよりも、こうした実践を通じたやり取りの中で一緒に考えながら教えてもらうことで、ソフトウェア開発の知識が早くフジクラの中にも吸収できた、今後の糧になったというメリットもあったと思います。
唐澤氏 ── そうですね。やはりデモとはいえ、ある程度の精度で検知できないとお客様に関心を持ってもらえないので。
ちなみに、私は2nd STEPのあたりからプロジェクトに参加しましたが、個人的にはこの部署に異動してきて最初に参加したのがこのプロジェクトという背景がありました。当時はまだ自分の頭も完全にハードウェアのことしかなかったので、ソフトウェアをつくるというプロジェクトは本当に新鮮でしたね。
唐澤氏 ── まずはとにかく教師データを増やさなければいけないということが課題で、お互いにアイディアを持ち寄ってどう進めるべきか考えていたのですが、車内の画像を撮るにはそのためのハードウェアがいるだろうということで、フジクラの方ではハードウェアづくりに取り組みました。
その試作ハードウェアを社用車に取り付けさせてもらって、実際に社員が車に乗ったときの写真を集めていったのです。でも、それだけでは足りずに、最終的にはモデルをつかった撮影会も実施しましたね。
唐澤氏 ── とにかくやったことのないことが多いので、何をやるにも手探りでした。
試作したハードウェアは、撮ったデータをクラウドに上げるために通信モジュールを入れて、車内を広角で撮れるカメラをつけたら、かなり大きくなってしまいました。実は、最終的には中身はだいぶ小さくできたので、こんなに大きいケースにしなくても良かったんですけどね(笑)。
今思えば、ハードウェアの試作もまとめてNCDCさんにお任せしてしまう方がいいものができたかもしれません。
十川(NCDC) ── 中身はRaspberry Pi(ラズベリーパイ)なので、そこに広角で撮れるカメラをくっつけたものくらいならNCDCでもつくれますね。ただ、外側のケースをつくるとしたらNCDCも結局外部に依頼することになるので、そのあたりは知見のあるフジクラさんにやっていただけてよかったと思います。
そういえば、このハードウェアはNCDCの方でも代表の早津の車につけてデータを集めましたね。
唐澤氏 ── 試作カメラなどを用いて大量の写真を集めた後も、教師データを量産することに特化した企業や、比較的人件費の安い国にデータを展開して大量のアノテーション付けを行うサービスを提供している企業を探してきて、検知精度の向上に取り組んでいきました。
今井氏 ── 新しく見つけてきたスタートアップ企業ばかりですね。既存の取引先だけでなく、新しいことができるパートナーを見つけることも私たちの部署(新規事業推進センター つなぐみらいイノベーション推進室)の存在意義だと言えるので、展示会に足を運んで求めていることができる企業を探すなどして、いろいろ開拓しましたね。
唐澤氏 ── ただ、アノテーションに関しては、結果的に外部に委託した分のタグづけの精度がいまいちで検知の精度が上がらなかったために、NCDCさんにデータをチェックしてもらい、一部日本でやり直しましたね。
茨木(NCDC) ── 全部で約1万点の教師データがある中、とりあえず1,000点くらいをチェックしてタグをつけ直してみたところ検知の精度が上がったので、どこが問題なのかをお伝えして、残りの9,000点はもともとタグづけを担当した会社に戻してやり直してもらいました。
唐澤氏 ── アノテーションを修正したところ検知の精度が上がり、この段階で人に見せられるものはある程度仕上がりました。
ただ、自動車メーカーの方にデモを見せることを考えたら、当然夜間の暗い車内でもシートベルトを検知できることが欠かせませんし、AIの検知結果が見やすいデモ画面も必要になるので、3rd STEPとしてそこに取り組むことにしました。
唐澤氏 ── この頃には、私たちの方もいきなりハードウェアをつくろうという発想ではなくなってきていたので、市販のカメラでできることがあればそこから着手しようと考えました。赤外線カメラ探しに関してはほぼNCDCさんにお任せでお願いしましたね。
茨木(NCDC) ── 試作用なので簡単なカメラでいいのですが、探してみると「広角で撮れる赤外線カメラ」という条件を満たすものはなかなかなかったですね。
国内で探して見つけられなかったときに、唐澤さんから中国で売っているものを教えていただいて海外に目を向けるようになり、最終的にはアメリカのAmazonで条件を満たすカメラを見つけて購入しました。
唐澤氏 ── 夜間の画像についてはたしかNCDCさんに全部アノテーションをつけてもらったのですよね。
茨木(NCDC) ── 最初に300点くらいやってみてあまり精度が上がらなかったので、最終的には1,000点ほどアノテーションをつけました。
それで夜間の検知精度もかなり上がったので、3rd STEPの開発も完了となりました。
唐澤氏 ── 海外の自動車メーカーにも持っていくので、欧米をはじめ海外でも受け入れられやすく、わかりやすいものということだけお伝えしてつくってもらったのですが、期待どおりのいいものを用意してもらえたので何もいうことはないですね。これも社内外で好評です。
唐澤氏 ── AIによるシートベルト着用の検知は「車内センシング」というキーワードで取り組んでいることの一環なので、他にもいろいろとある車内センシングのサービスとセットにして売っていきたいと考えています。
NCDCさんにつくってもらったデモはすでに海外の展示会に出したことがあり、お客様の好評は得ています。デモ用としても、お客様の反応を見ながら少しずつ機能をアップしていく可能性もあるので、何かあったらまたNCDCさんに相談しようと思っています。
唐澤氏 ── このビジネスモデルは最初の段階では自動車メーカーに売るということを考えていますが、さらにその先を考えると、シートベルトの検知だけでなく機能を拡充して、販路も広げていきたいと考えています。
ただ、フジクラ1社ではその点のアイディアや知見が不足していると思うので、今後もNCDCさんに協力してもらえるとうれしいですね。
また、フジクラ内の人材の「考え方」という点に目を向けると、我々をはじめつなぐみらいイノベーション推進室のメンバーたちは少しずつ、がちがちのハードウェアメーカー的なものから、スピードを大事にしてどんどん新しいことにチャレンジするスタートアップのような考え方にシフトできたかなと思っています。これは、このプロジェクトの成果のひとつですね。
今井氏 ── 「スタートアップ企業との協業を通じた新たな事業の創出に挑戦する」というアクセラレータプログラムの目的から考えても、最終的にはやはり目新しいだけではなく、事業として成立するかたちにしていく必要があります。
新規事業の開発支援なども行っているNCDCさんにその点でもご協力いただけると助かります。
今井氏 ── 実際のところ、フジクラがものづくりではなくサービスを提供するようなビジネスモデルに取り組むことを考えると、多くの問題があります。
例えば、今フジクラが自社でサブスクリプションモデルのサービスを立ちあげようとしても、そのためのクラウドを運用できる部署や人材が不足しているとか、そもそもサブスクリプションモデルに対応できる経理機能を持っていないというようなことも問題点としてすぐに思いつきます。
そういった会社の仕組みから変えていかないといけない部分もあるので簡単な話ではないのですが、だからこそ、我々の部門が先頭に立って新しい取り組みにチャレンジし、2030年ビジョンを実現するためにどんな課題があるのかを見つけていく役割も担っていきたいと思っています。